モナリザは複数のボディラインを持つ
(ヴェールの秘密)

 ふつう我々がモナリザのボディラインと思っているのはヴェールの線で、
 右の絵の着色部分がモナリザ実際のボディラインです。
 
前ページで紹介した通り、まるで十代前半の『少女』のような線です。

 しかし私は最初、絵左側のヴェールには気付いていませんでした。
 ところがモナリザの右腕にもヴェールがかかっている、透けて見えます。
 つまりモナリザには、少なくとも4通りのボディラインがあるのです。
 だからモナリザを見る人は、意識していようといまいと、四つの体の線を目が拾ってしまい、異なった印象を受け、そして視線を顔に移すたびに相反する表情と複数の視線に出くわし、それぞれの組み合わせの意味を口許の微笑が肯定しているのを見て、更に惑乱される事に成るのです。

 ダ・ヴィンチの仕掛けた、何と言うからくりでしょう!
 製作当初には、まず実際のボディラインが目に入り、それからヴェールの線に気づくように成っていたのかも知れませんね。いずれにせよ、もっとはっきりと透けて見える事が判っていたと思います。


 次に絵左側、右腕のヴェールを合わせたラインを見てみましょう。
 二十歳に成っているかどうかと言うお嬢さんが、それでももうすっかり自分の女としての魅力をよく心得ていて、未来に対する深い自信に華やいで、こちらを向いた瞬間のようでもあります。少し気取るか緊張するかして、半身に構えているようにも見えますね。
 この線を目が拾うと、モナリザは体ごとひねるように動く訳です。
 カルロ・ペドレッティは、「 レオナルド・ダ・ヴィンチは、絵画に動きを取り入れた最初の人です。」と言っていましたが、それはこう言う意味でしょうか? ( いや、それだけではないようです。)
 とにかく表情も姿勢も背景も、見るたびに違った絵になり、鑑賞者はそれに気付く事も出来ない。ただ「 何か不思議な感じのする絵だ。」と思い、「 何だったんだろう?」と、また見てみたくなるのです。

 しかしずいぶん落ち着いた物腰です。
 モデルさんが取るポーズのようです。
 『ルパン三世』の峰不二子ちゃんを連想されなかったでしょうか?(笑)

 これは『 娘 』の姿です。


 右の絵は、ややバランスが悪い? それで絵下部にも着色したのですが、見ているとこれで良いのかなとも思われて来ます。いや、きっとこれで良いのです。
 年齢は二三十代、既婚か未婚か迷うところ。いや、母親でもおかしくありません。

 かすかに前かがみに成った姿勢は、やはり自然です。これは全てのラインに共通であると思われます。つまり『ぎこちなさ』がまったくないのです。それがまた、無邪気なのか鷹揚なのか、庶民なのか王族なのか、微笑と同様、やはりどちらにも見る事が出来るし、どちらに見る事も許してくれないのです。
 これはモナリザの『 背景 』で言われる事ですが、背景の両端はつながっている。これは両極端は一致する事を暗示しているのだと ………
 ダ・ヴィンチは形でも色が変わる瞬間を描いて来ており、それが美だと言わんばかりです。

 そしてこの前かがみの姿勢はお腹の子供を守っているようにも見え、そう考えると手もそうしているように見えて来ます。
 では『 受胎告知 』も兼ねた?! レオナルドの受胎告知は他の受胎告知と違って、驚愕と感動で腕を開いているのですが、あり得る事かも知れません。

 まるで初めての妊娠に体中で感動しているようにも見えます。

 いずれにせよこれは、母への助走を始めた『女』の姿です。


 上の三つに対して、モナリザを普通に見れば、どうしたって右のように見えます。
 絵全体のバランスからしたら、こちらの方がずっと自然です。
 やわらかく円みをおびていて「いかにもお母さん」です。
 トーベ・ヤンソンさんも、「お母さんはどこもかしこも丸っこくなければなりません。」と言っていました。(笑)
 妊娠していたとしても、慣れたもの。これから何が起こるか良く知っていて、どっしりと落ち着いているように見えます。

 08'04/29日本テレビ系列で放映された『天才ダ・ヴィンチ 伝説の歴史壁画発見!』の中で、「モナリザに第三のヴェールが発見された。」と紹介されたのですが、その第三のヴェールは、当時「懐妊した女性がかぶるもの」だったそうです。(このヴェールは解析中のようです。)もしそうならダ・ヴィンチは、鑑賞者が最初から妊婦である事を知っていると言う前提で、モナリザを描いていた事に成ります。これにはちょっと、意外でしたね。

 これは明らかに、『母』の姿です。


 そしてモナリザは右のようにも見えます。絵の劣化も手伝って、下部は黒いかたまりに成っています。
 これはダニエル・アラスが、

 「二十世紀半ばのもっともすぐれた美術史学者のひとりであるケネス・クラークでさえ、ある論文のなかで、それも若書きではなく円熟期のものなのですが、《モナリザ》は海底の女神のように見えると書いている」

(『モナリザの秘密』吉田典子 訳 白水社 p18)

 と表現した『大巫女』、太母グレートマザー の姿です。

 この時モナリザの目は、鑑賞者の背後を凝視しています。


 上の四つのラインは、いかがでしたでしょう? 羽織ったヴェールがこれほど見事に女性美それぞれの一場面を描くなどと言う事が、偶然にあり得るでしょうか?
 明らかにダ・ヴィンチは、母にも娘にも見えるように、モナリザを描いています。
 それどころか、少女や大巫女にさえ!
 これこそ我々が、「いったいモナリザのモデルは誰なんだ?」と問わずにはいられない理由でしょう。
 しかしダ・ヴィンチは、何故こんな事をしたのか? ………
 待てよ ………
 『 母であり娘でもあるもの 』?
 このフレーズは、どこかで聞いた事があるぞ ………